5月25日(土)
店主は朝から、一昨日見たビエンナーレが気にかかっている様子。そんな日は思いきって納豆ご飯。一年近く冷凍庫に眠っていた愛しの君だが、解凍したらちゃんと糸を引いた。もちろん美味しいかった。でもまだ店主は気が晴れない。ひととおり部屋を片付けて、会場へ行ってみることにする。
 夕方の会場は一昨日よりも人が少なく、落ち着いて眺めることができた。受賞作品、そうでない作品、ゆっくり見てまわる。始終、一抹の悲しさがどうやっても付き纏う。店主の作品が受賞しなかったからか。端的に言えばそうである。でも、正直、今回の出展作品は材料、機材、時間、モチベーション、色々な理由で店主の100%を出せなかったのだから、受賞しなかったことでがっかりすることは本来ナンセンスなのであるが・・・。贔屓目を抜きに語ることは難しいと知りながらも敢えて言わせてもらうと、店主の作品は、会場のどの作品よりも陶芸の可能性を感じさせる、国際陶芸展という名に相応しいものだったと思う。完全ではないものの、店主のセンス、技術、陶芸に対する姿勢を見せることができる作品だった。そんなものは会場にほとんどない。初日見に来てくれたM君だって「いくら見ていても飽きない」と言っていた。彼はお世辞の言えるような人ではない。他の多くの客がそんな印象を持つのではないかと信じているし、実際、彼の作品の前で立ち止まる人はあとを絶たない。
 どこの世界でも、本当に優れたものばかりが評価されるわけではないことはわかっているけれど、ならばいつどこで、そのものの価値を、店主の作品の価値を公正に知ることができるのだろうか。本人や周りの人間が満足して楽しければいいのかもしれないが、それではコンペティションの意味がなくなる。そんなことを思って、今日は一日、すっきりしなかった。だから、アフワへ行って、店主はシーシャを吸った。私も一口、もらった。

5月24日(金)
今日は日本人会ソフトボール大会。昨晩はカミタニさんの家に泊まらせてもらい、6時半の集合に備える。久しぶりに布団で寝た。微かに感じる床の感触が気持いいと思うのは日本人だからなのか?夕飯に出してもらった豚肉炒めとおろし味噌と焼き魚が最高に美味しいのは日本人故か?「日本人だから」ということを自分の嗜好や行動の理由に簡単にしてしまいたくはないけれど、でも私のなかに結局そこに行きつくものが沢山あることは確かだ。でもそれは何なんだろう。
 グランドに行ったらちょうど試合が始まっていた。私たちは前回の優勝チームであるが、結果は一勝一敗で決勝リーグ進出ならず。残念だけれど、涼しい初夏の午前に、気持ちよく運動できたことで今回はよしとしよう。店主も日頃の運動不足と前日までの寝不足を振りきるようにして、攻守ともキレのよい動きを見せていた。私もリコーダーで応援。ホームラン競争にも出場した。
 試合後は打ち上げと帰国する人の送別会を兼ねた宴会へ。日ごろ格闘しているエジプト人社会とは打って変わって、今日は日本人だけの集まりだ。会話も日本語、話しのネタも日本の飲み屋と変わらない。しまいには、私にはナツメロでしかない70年・80年代歌謡曲を店主たちは伴奏もなしに延々と2時間、合唱しつづけていた。私や私の同年代にしてみるとみんながそんなに沢山の歌詞を覚えていて歌えることが驚きである。でもこの光景、何かに似ているぞ、と思ったら、エジプト人の遠足だった。みんなが同じ歌を同じように歌える、いつも面白いなぁと感心していたけれど、日本にもそんな時代があったんだ。
 宴会は延々9時間続き、クリームシチューで終幕。外に出てみると、いつもと変わらないエジプト人がいて、クラクションのやかましい車が沢山走っていて、煤けたようなエジプトの匂いがした。今日は一言しかアラビア語を話していないことに気づく。でもまた明日からはいつものエジプト生活だと思うと安心したような少し億劫なような気分になった。


5月23日(火)
 
午前11時。オペラハウスの前は各国の特色ある衣装を付けた人が集まっている。暁も涼しげな浴衣を着て彩りに華を添えていた。和やかなテープカットの後、わらわらと入場していく人波に続いてゆく。しかし会場では、なにやら険悪なムードが溢れていた。血相を変えて立ちすくむDr.ファトヘイヤとDr.アハメド。厳しい顔で階段を駆け上がってゆくカーレッド・シラグ。皆職場の同僚達だ。
『滅茶苦茶
だ。こんな事があって良いはずがない。』
 友人のファトヒーは手のひらを天に向けて言葉を吐き捨てた。私は速やかに階段を上り、自分の作品の前に立った。特別賞の印である金色の札はついてない。まぁ仕方ないことか。少しだけ落胆して他の作品を見て回る。粗末な木の箱にペンキを塗り、市販の安っぽいタイルを貼り付けた作品に目が止まった。プールに飛び込もうとしている肌色の人形のゴーグルと唇に赤いペンキが雑に塗られている。傍らには本物の小さなタオルをニスで固めてくしゃ、と置いてある。小学生の夏休み自由制作としては上等だが、勿論こんなの陶芸じゃない。ところが作品の横には燦然と金色の札が輝いているではないか。私はここで初めて彼らの言葉の意味を理解した。
 アフリカ大陸最高の芸大を自負する私たちの大学からは、教授、先生、卒業生に至るまで誰も受賞者がいなかった。皆が今年のグランプリは確実と言っていたDr.アハメドの大作はあのペンキに塗られた木の箱にすら勝てなかったのだ。
他の12点の受賞作品を探す。メキシコ、ベネズエラ、スイス、オーストラリア、アルゼンチン、トルコ、それにエジプト。私は目を疑った。何を基準に賞を決めているのか全く理解が出来なかった。陶芸は工芸と美術の間に位置するものだ。オリジナリティと高い技術、思慮深い発想、完成度などが評価の対象になるものだと思っていた。わたしはずっと混乱し続けていた。

5月22日(火)
明日はビエンナーレの初日だ。そして世界中から集まった数百点の作品から13点に賞金付きの特別賞が与えられる。グランプリは30000ポンド(約90万円)。これは私と同じ歳の大学助手の給料4年分に相当する。日本だったらざっと2000万円というところか。コネクション大国エジプトで、グランプリを手にすることはまず不可能だが、あわよくば審査員特別賞でももらえるかもしれない。そんなことを悶々と考えていたら、電話がかかってきた。
『ええと、Mr.イマイズミですか?』
『そうですが。』
『おめでとうございます。あなたの作品が見事プライズですよ。』
『本当ですか!』
『いえ、冗談です。』
電話の主はサミール・ラビーブ。いたずら好きだが腕のいい陶芸家だ。彼も特別賞のことが気になって仕事が手につかないと言う。それにしても質の悪い冗談だ。
昼過ぎに試験前で誰もいないはずの大学に顔を出してみる。教授や先生がわさわさ集まってお喋り中だ。私が近づいていくと、
『おお、タク待ってたぞ!凄い知らせだ!』
『おめでとうタク!グランプリじゃないけど十分じゃないか!』
なかなか凝った作戦だ。でも、もう騙されない。ここにも1人じゃいてもたってもいられない愚か者達がたむろしている。ビッグな賞金と名誉を夢見て眠れない夜を過ごすのだろう。でも、くどいようだが、明日になるまで結果は誰も知らないのだ。

5月21日(月)
エジプト女性の体型はお相撲さんのように大きい人からマッチ棒みたいなスレンダーまで本当に色々だ。だから服はオーダーメイドが主流である。カイロにはウィキャーラとハイヤメイヤという布地専門の大きなスークがあって、そこで気に入った布を選び仕立屋に持っていく。オーダーメイドって贅沢で素敵、なんて憧れを今日、ついに実現させてしまった!一週間前に生徒のサマルとアミラに付き合ってもらってウィキャーラでベージュと紫の綿、茶色のサテンを購入し、今日は仕立屋の内職をしていたこともあるというサマルのおばあさん(ティータ)の家にお邪魔した。ワンピースを作ってもらうのだ。サマルの服は子供の頃からすべてティータの手作りである。ティータの家はガイドブックで「イスラミックカイロ」と呼ばれる地域のど真ん中。昔は貴族が沢山住んでいたというだけあって、どの建物も天井が高くて重厚な感じがする。屋上はムハンマドアリモスクとスルタンハサンモスクとリファイモスクと下町のざわつきとが全部見渡せる絶景。そしてサマルは毎朝小学校へ行く前の時間、この屋上でティータに前の晩のお話の続きをしてもらっていたという。早速採寸してどんな形にしたいか説明して、夢のオーダーメイドがスタートした。ティータはメジャーもチャコペンも使わず手際よく裁断していき、あっという間に、黒光りしたミシンをカタカタいわせている。手つきにも顔つきにも何の迷いもない。仕事中のエジプトのおばさんたちは凛々しくて伸びやかで、たっぷり肉がついているのに格好いい。女の人って本当はこうじゃなきゃって思わせるものがある。エジプトで一番のハラウシ(アイーシュに肉のミンチとサムナ混ぜたものを入れてオーブンでカリカリっと焼いた食べ物。美味しかった!)の昼食を挟んで5時間。私たちがおしゃべりしたり下を行く人々を眺めたりしている間に涼しげなワンピースが3着出来上がった。どれも何度も試着をしただけあって、ジャストフィット。写真で見ると若かりし頃はモデルみたいだったティータのセンスはなかなか「モーダ」。何よりもティータに作ってもらった服だということが嬉しい。夕暮れどき、やっぱり女に生まれてよかったと思いながら、温かい匂いのする下町の路地を歩いて帰った。

5月20日(月)
THOMASはザマレクにあるデリカテッセン&カフェ。焼きたてのピザが美味しい店。食後にポークソーセージを買って帰り、それを今朝食べた。日本のシャウエッセンにはかなわないけど、イスラム教の国エジプトでこれだけ美味しいポークソーセージが食べられるとは思っていなかった。安物の白ワインが手に入ったら今度はシュー・クルートでも作ってみようかな。キャベツ、ソーセージ、ベーコン、リンゴ、ニンニクに八角を入れ、水を入れず白ワインだけで煮込むドイツの家庭料理シュー・クルート。塩コショーだけで食べるこのシンプルな料理は、野菜の美味しいエジプトでこそ作るべきなのかも。だけどモスレムにとったら悪夢みたいな食べ物だな・・。
 暁は1ヶ月100ポンドでピアノを借りている。『セブンイヤーズ・イン・チベット』を観たあとは『月の光』ばかり弾いていた。私の目標は『ダニーボーイ』を最後まで弾くことだ。楽譜が読めない私は全て暗譜するしかない。ビル・エヴァンスのコピーはかっこいいのだが、聴いているよりもずっと音符が多いことに気づく。完成はいつになる事やら。

5月19日(日)
朝食を何にしようか考えて、とりあえずご飯を炊いてみた。日本ならば納豆と卵で大満足だけれど、日本からのお客さんに空輸してもらい冷凍庫に眠っているウチの納豆は第一級の貴重品。味噌汁もない日に出したくない。そこで今年初物のオクラを冷蔵庫から出して細かく刻んだ。そこに細ネギと青のりを入れ、醤油とみりんで味付けするとあら不思議、納豆風オクラの出来上がり。オクラって、ネバネバして毛が生えていて変な野菜だと思っていたけれど、面白いことに世界中で食べられているらしい。エジプトでも夏の重要な野菜で、「オクラ選びの上手い女を嫁にすべし!」というきまりまである。そして、ジャンケンのかけ声は「キロバミヤ(一キロのオクラ)!」。エジプトのオクラ料理は、他の野菜とおなじくトマトとチキンなどのダシで煮込むのが普通。食には保守的なエジプト人のこと、納豆風オクラなんて誰も食べてくれないだろうな。

5月18日(土)
今日も爽やかな気候だった。暑いけど涼しい風が吹く初夏。こんな日は日本の蒸し暑い夏のことを上手く思い出せない。来週行われるカイロ日本人会ソフトボール大会の練習へ行ってきた。すぐ息が切れるし守備、バッティング共ボディバランスが悪くなっていることを痛感する。運動不足の悪影響は深刻だ。練習のあとはモハンデシーンの韓国料理『パクシー』で焼肉&ビール。そのままローダの家へ行き、K夫妻と楽しいお喋りをした。ナイル川から流れてくる風が気持ちいい夜。沢山の日本人と会って、ソフトボールをして焼肉なんて、まるで日本の日曜日みたい。

5月17日(金)
今日は休日。ずっと前から見たいと思っていた映画「オーシャンズイレブン」をチバモールというところへ見に行く。夜8時。ごそごそと準備をして地下鉄に乗る。チバモールがどこにあるのか調べもせずに出てきたので、店主が車内の若者に聞いてみると丁寧に教えてくれた。ラムセス駅でバスに乗り換えなければいけない。ラムセスはカイロ最大の駅。地下鉄を降りてどこのバス乗り場か見当が付かず途方に暮れていたら、同じ電車に乗っていた学生らしき男の子がわざわざ目指すところまで連れていってくれた。こんな親切はエジプトでは普通のことなのだが、私はいちいち感動してしまう。日本でも、道に迷った人にこれくらいのことが難なく出来る人でありたいと思う。バスは夜の道を飛ばして無事到着。映画館へ行ってチケットを買う。1人18ポンド(500円)。一階には私たち以外の客はいない。エジプトでもブラピやジュリアロバーツは人気だが、この映画の評判がよくないのは派手なアクションシーンや色っぽいラブシーンが全然ないからである。大げさなものが大好きなエジプト人には「オーシャンズイレブン」は淡々とし過ぎているのだ。でも、私たちは貸し切りの映画館で、久々に見たスタイリッシュな映画を大いに楽しんだ。鳴りっぱなしの携帯のベルや大声のお喋りに邪魔されることもなく。帰路もバスとミクロ。カイロの公共交通網は24時間年中無休、なかなか優秀なのである。

5月16日(木)
 エジプトはイスラムの国なので、金曜日が休日だ。だから、木曜日の夜はひときわ町が賑やかになる。店主と私は夕方、仕事を済ませたあと、定番のコシャリを食べ、店主の知人でエジプトで今最も偉大なアーティスト、タハ・ホセインの個展会場へ。自然な線と大胆な構図のタハの作品は73歳という歳を感じさせない新鮮さがあって、とても気持ちのよいものだった。そこで会った店主の同僚に「これからビールの出るところへ行くぞ」と誘われて、たどり着いたのがダウンタウンの路地の奥、「ドイツ・エジプト友好秘密クラブ」。30〜60歳くらいのおじさんが10名ほど、蛍光灯の下で「ステラ」というエジプトビールを飲んでいる。みんなほんわかして楽しそうであるがなんとも不思議な光景。さすがカイロ。まだまだ奥が深い。さらに私たちは近くの大衆食堂で遅い夕食をとる。そこで店主が新たなエジプト肉料理を発見。2年間ずっと、旺盛なチャレンジ精神で食べ物を開拓してきたのに、未だに新発見の連続である。あっぱれエジプトの日常ごはん。そして木曜の晩はこれからとでも言うように、私たちはサイエダゼイナッブのアフワへ向かう。「どうして毎日来ないんだ!」という声に迎えられながら席につくが、今日はエジプトサッカーリーグの優勝決定戦。結局本命が大量得点で勝って、街中がクラクションの嵐。そしてアフワでは大の男たちが今日の試合をネタに喜びの歌を歌ったり、敵チームのサポーター同士、大声で喧嘩をしたり。これが大本気、でも見ている私にはお芝居のようで楽しい。今日のような日にはエジプトがまた好きになる。まぁ涼しくて風が爽やかな日だったからというのも大きな理由かもしれないけれど。