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7月30日(火)
ときどき暇をみつけて店主の学校へロクロを習いに行く。生徒たちがが練習している脇で、私もロクロの前に座る。
粘土をロクロの真中に据え、引き上げたり下ろしたりしながら整える。
店主がすると粘土はイキモノのように、店主の手についてくる。
私がすると粘土は硬直してしまって、無理やり上げ下げしても、所詮は表面だけしか動いておらず、しばらくすると手と水桶が
泥だらけになってしまい始末におえない。
「土が、動かすタイミングを教えてくれる。力なんていらないから、
土の言うことをきちんと聞きなさい」と、店主は言う。
土の言うことなんて何も聞こえないと最初は思っていたが、
最近は少しだけわかるようになってきた。でも、聞こえてくるのは「これじゃだめだよ」という悲鳴ばかり。
そして次の瞬間に粘土は手の中でグニャリと悲惨な形になっている。今はそんなことの繰り返しだ。
自分の勝手な筋道で、相手の言うことを聞くための耳を塞いでは
いないだろうか。目の前にあるもの、目の前にいる人が投げるメッセージを真面目に捕えようとしているだろうか。
こんな当たり前の心がまえがないときは何をやっても上手くいかない。
いつかは粘土とちゃんと対話できるようになって、お気に入りの一品が
作れたら嬉しいだろうなぁ。
7月20日(土)
毎週土曜日は朝9時からテニスの練習へ行く。普段、宵っ張りの私たちにとって、9時に間に合うように起きるのは結構キツイのだが、週一回でもスポーツで汗を流すと体がシャッキリして調子いい。店主が上級者コースでスポンスポンと打っている隣で、最近始めたばかりの私は場外に飛び出したボールを探すのに忙しい。そうこうしているうちに日差しは段々強くなり、2時間の練習を終える頃には汗びっしょりになっている。あ〜今日も上手くいかなかったなぁと言いながら向かうのはジューススタンド。店先には旬のマンゴが沢山ぶらさがって、棚にはグレープフルーツやオレンジやザクロがごろごろ転がっている。私はマンゴ、店主はグレープフルーツを飲んだあとにマンゴのおかわり。絞りたてのジュースを一瞬で飲み干すと、上手く打てずにしょんぼりしていた気持が来週は頑張るぞというやる気にかわっている。暑くてもういやだと思うときもこれ以上歩きたくないと思うときも街角のスタンドでフレッシュジュースを一気する。のどは潤い、気分はさらりとリフレッシュする。フルーツ天国エジプトのなせる技だ。
7月14日(日)
日本の携帯電話は簡単に写真が送れたり複雑な和音の着信音が鳴ったりと一体なんの機械だかわからないくらいに進歩したと聞いている。エジプトでもこの2年で大分普及し、大学の授業中もピーヒャラとうるさいのは日本とあまりかわらな いかもしれない。電話でのお喋りが大好きなエジプト人だが、通話料の高い携帯で長話しするわけにはいかない。そこでエジプトらしい携帯電話の使い方がmissed
call。友達の携帯をワンコール鳴らして切る。友達の着信画面には自分の名前が表示される。しばらくすると今かけた友達から自分の携帯へかかってくるが、絶対にとってはいけない。「元気?」「うん、元気」、「私のこと覚えてる?」「もちろん」。お金と時間のかからない挨拶の交換なのである。
それからエジプトの携帯電話の数少ない機能の一つ、ショートメール。私の電話機なら160文字までのメッセージが送受信できる。ついさっきも生徒のアミラからこんなメッセージが届いた。「突然、真っ赤な壁に囲まれた暗い部屋にいることに気付いて、そして部屋のあちこちから血が流れてきたらどうしますか?決して怖がってはいけません。あなたは今、私の心臓の中にいるのですから!」日本語にするとなんだか気恥ずかしいようなポエトリーメッセージ。ことあるごとに生徒たちはこそばゆくて微笑ましいメッセージを送ってくる。不意に送られてくると戸惑ってしまうが、気のきいた言葉で仲良しなこと、私を気にかけてくれていることを伝えたいんだなぁと思うと可愛くなって、とりあえず「ありがとう」と返事しておく。エジプト人同士だったらもっと真剣なやりとりになるんだろう。私には恥ずかしいものになってしまったこんな言葉の応酬だが、実は色気があってなかなかいいなぁと最近感じている。
7月9日(火)
今日は食事会があって、フィッシュマーケットへ行ってきた。日本語にすると魚市場→魚や一丁と居酒屋のイメージだが、こちらは高級魚介レストラン。ざーんと広げられた氷の上に何種類かの魚と海老、烏賊などが並んでいて、指定した食材と調理方法で料理してくれる。どれもフライにするのが一般的だが、野菜とスパイスを詰めて焼いたり、鉄板焼のようにしたりもする。エジプトは砂漠の国と思われがちだが、実は紅海、地中海という素晴らしい海にも面していて、結構魚も捕れる。ただ、暑くて輸送が難しく、港からカイロに来る頃には大分いいお値段になる。例えば大海老1キロ150ポンド。牛肉が1キロ30ポンドだから、正真正銘の高級食材だ。そのかわり、思わずすごいものが口に入ることもある。地中海産の天然マグロのトロ。勿論刺身で食べた。天然うなぎのフライ。肉厚でジューシーな身をぶつ切りにして塩味で揚げただけのものだが、日本ではそんなぞんざいな料理にはできないだろう。お鮨やあじの開きや秋刀魚の塩焼きは恋しくて仕方がないけれど、カイロの魚生活もなかなか悪くない。2年間、エジプトで美味しくて大満足の食生活が送れているのも、実は、本当に食べたくなったらお刺身も焼き魚も食べられるということがいつも脳裏にあったからかもしれない。今日も海老と地中海の赤い魚と鯛とで贅沢三昧のディナー。お土産にもらったフライも早速南蛮漬けにしてあるし、しばらくは魚気分が楽しめそうだ。
7月5日(金)
今日はもうすぐ帰国する友人の送別プール大会。ピラミッドのそばのホテルのプールが会場だった。朝8時、店主は昨晩沢山飲んだというのにすっと起きて、9時のプール開場に間に合わせると言う。私も急いで起きて着って行く。店主の思惑通り、プールには従業員以外誰もいない。一番乗りだ。朝イチの水はとっても気持ちよくて得をした気分になる。他のみんなは11時ごろやって来て、日没の8時まで泳いだり食べたりおしゃべりしたり、楽園のような一日だった。肌も一段と茶色くなって、小学校の時どうしても勝てなかった夏休みあけの日焼け比べ大会、今なら準優勝ぐらいはもらえそう。極楽の休日は忙しいウィークディへの一番の糧。夏いっぱいは残るだろう日焼け跡は楽しかったプールサイドの時間を思い出させてくれるはずだ。
7月3日(水)
日本人学校で使った電動ろくろを回収して、大学へ持っていった。こんな用事の時は運転手付きで事務所のボルボワゴンが使える。普段私はアフリータを着た労働者なので、高級車で乗り付けると生徒達の見る目が変わる。物忘れの激しいエジプト人との付き合いで、こういったリコンファームは時々必要だな、と考えてしまう。金持ちで、えばってる奴がエライという感覚は苦手だけど、まぁ仕方がないか。
夜になって暁の生徒、サマルの家へ行ってきた。近所でアッパーエジプト人の結婚式があるらしく、見応えのある踊りが披露されるという。エジプトの音楽とダンスはイマイチ、というのが私たち共通の意見だ。アフリカや南米などのような抜けた格好良さや色気が足りない気がするのだ。ぐずぐずと始まった祭りは途中、お祈りの時間に休憩が入ったりして盛り上がりきれない。一番エキサイティングな瞬間といえば、将校であるサマルのお父さんが連続で8発、空に向けて発砲した実弾の発射角が浅かった事か。日本だったら懲戒免職だよ。
7月2日(火)
私の住むモハンデシーンは高級住宅地。道はアスファルト、カイロなのに緑が多い。昨晩お散歩で訪ねたミートオッバは そこから道一本隔てただけなのに、狭い路地にぎゅーっと店が集まって、夜には玄関の外でおばさんたちが涼をとっていて、夜中まで子供が遊んでいるようないわゆる下町だった。もちろん道は土のまま。以前、モスクで読み書きのできない人たちにアラビア語を教えているアミラの授業見学の帰りに連れてきてもらった時は野菜や果物の屋台が鮮やかに並ぶスークだったが、夜はすっかりアフワ街になっていた。路地沿いに並んだアフワにはガラベーヤのおじさんたちがゲームをしたりおしゃべりをしたり、気持ちよさそうに佇んでいる。店主と私もしばらく歩いてから昼間のスークの名残が漂う広場に面したアフワに座った。店主はもちろんシーシャ。腕を組んで散歩している女の子、色んな人形でデコレーションした自転車で何度も往復している子供、電気を消した部屋の窓際で涼んでいる母娘、お茶を飲みながら大笑いする男たち、向かいの商店の木枠の窓とその屋上にある屋外ビリヤード場の蛍光灯、どこかの家の天井で回るフライファンの影、ベランダのロープにびしゃびしゃのまま干された洗濯物・・・。やっぱり私はこんなあったかい風景が好きだ、と思う。そしてこっちまで心臓のあたりがあったっかくなってきて、「エジプトよありがとう」なんて勝手に感謝したりする。じっとしているとさすがに汗が出てきて席を立った。最近はついタクシーに乗ってしまう道のりをのんびり歩いて帰った。
7月1日(月)
今日は出張授業でピラミッドのそばにあるカイロ日本人学校へ行った。子供たちの前で、私の仕事について、ここに来た理由についてなど、話さなければならない。私もまがりなりにも教師なので、いつも生徒たちの前に立って話しているのだが、相手が日本人の子供というのは初めてのシチュエーション。昨日の晩は緊張気味でよく眠れず、朝も早く起きてしまった。しかし、私の緊張なんてどこ吹く風。案の定、同伴した私の生徒は約束の時間に大分遅れてきた。「起きたら遅くてビックリして、何を着たらいいのかもわからなかった」と言うジハードの格好はてんでまとまりがない。ま、仕方ないか。怒ってもしょうがないし、彼らだって居心地の悪い思いをしてるんだし、「今日は相手があっての約束だからねぇ」なんて小言に留めておいて、学校へ向かった。
着くと店主が低学年の子供たちにろくろの実演をしていた。子供たちは店主の手で粘土が色んな形に変わっていく様子を興味津々にじっと見学。おしゃべりなんてほとんどない。そのかわりに、店主がろくろで粘土を操るたびに「すごい!」という歓声が挙がる。「誰かやってみたい人!」という声にも「ハイ、ハイ、ハイ!」。質問も「どうして陶芸家になろうと思ったんですか」なんて鋭いところを突いてくる。みんなかわいらしいのにいっちょまえ、そしてこちらの期待通り、あるいは以上の反応。小学生の頃にこんな授業があったら、単純な私はきっと「私も将来陶芸家になる!」って思ったことだろう。今日の子供たちも「こんな素敵な仕事もあるんだなぁ」と思ってくれたことだろう。
私の授業には高学年と中学生が参加。日本語の生徒も7人来てくれた。私の話しなんて面白いんだかと心配してはみたものの、28人の生徒の目はじっとこっちを向いて一生懸命聞いてくれていた。こんな機会に2年間の日本語コースを振り返ってみると、授業中におしゃべりが少なくなって、みんなが自分で勉強するようになって、と気がつかないうちに成長している。いちいち感じないけれど私とエジプト人の生徒の間に時間を積み重ねて行くことによって築いているものがあって、ここでの経験から伝えられることってこういう変化なのかなぁと漠然と浮かび上がってくる。でもそれを言葉だけで表すのは難しくて、日本人学校の生徒たちと私の生徒たちとおしゃべりさせてみた。日本人学校の生徒も日本語の生徒もお互いを伝えることに集中している。なんだか自分が一生懸命に話している感触、この感触こそ私がここで一番経験していること、一番大切にしたいことだ、とまたまた気付かされる。
夜近所のスーク街を散歩しながら、今日の子供たちをここに連れてきたら彼らはどんなことを感じるんだろうと思った。
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