8月31日(土)
友人のサミュエル・ラビーブと夜のドライブへ出かけた。失恋から立ち直りきれない彼にとって、暇な時間は辛いのだそうだ。時間があれば仕事でも、遊びでも、何もなければ友達と会ってお喋りし続けていたい。こんな日は彼のわがままを聞いて、とことん付き合ってあげることにする。行き先はモカッダムの丘。アパートのベランダから見えるその小山に降りたったのは今回が初めて。高台から見下ろす夜景は京都の将軍塚を思い出させる。でも、柵のないがけっぷちに並ぶのは椅子とテーブル、そしてシーシャ。エジプトの要所を締めるのはいつだってアフワだ。
『オレがまだ小さい頃、この場所でピクニックをしたんだ。夜中の2時頃、ラマダンの真っ最中だった。』懐かしそうに遠くを眺める彼の目は寂しげだ。頭の中では彼女と来た(であろう)この場所のことを思い出していたのかもしれない。帰り道は、私の運転で緩やかな山道をを降りていった。プジョー504は優しく、静かに私たちを街へと運んでゆく。


8月30日(金)
昨夜、カミタニさんが帰国した。
頭が良くて運動神経抜群。非常に気さくで優しいこの男と仲良くなるのに2年かかった。
私は人見知りするタイプではない。が、ごく一部のデキる男に、どうしても近づけないときがある。仲良くなりたくても、同極のマグネットのように押し返されてしまうのだ。
専門家として奥様、2人の子供とエジプトで暮らしていたカミタニさんは、ポジションも責任感も私とは雲泥の違いだが、何かが恐ろしく似ているような気がして警戒していたのかもしれない。とにかく仲良くなるのが遅すぎた。もっと話したいことがあったのに、バタバタと空港のゲートをくぐって行ってしまった。友人とは、過ごした時間の長さでも、共通の趣味でも、住んでる場所でも、共にいることの心地よさでもない。お互い、また会いたいと思う関係。そのため自分を高めたいと思える相手。空港で別れ際、エジプト式抱擁&男キスを交わしたカミタニさんとまた会えるように、恥ずかしくない生き方をしていきたい。


8月26日(月)
ポートサイドにいる友人がくれたドイツ製の梳き櫛で、ロングヘアをばっさりと断髪したのは半年前。気分の優れない日に、何としても気分転換したくて、その櫛をあてた。パサッパサッと髪が落ちていくのが快感で夢中になり、気がつくとショートボブができあがっていた。我ながら納得のいく仕上がり。以前、美容院でヘルメットヘアにされてしまってからというもの、悩みの種だったエジプトでの散髪問題が簡単に片付いてしまった。
店主の行きつけの床屋はボシュラ。マリックは店主が毎度指名する理容師で、なかなかの腕前だ。カットと整髪で9ポンドだから、ケチることはないのだが、最近は床屋に行く隙がなくて、店主の髪は伸び放題になっていた。
昨晩、私はここぞとばかりに新しい剃刀を梳き櫛にセットし、店主を風呂場に座らせ、ブラピ風ヘアを目指して店主の髪を絶ちはじめた。しかし、梳き櫛はどうやら短い髪には向かないようで、店主はしきりに痛がる、痛くないようにちょこちょこやっていたら、次第に左右前後あべこべになっていき、最後は見るも無残な虎刈りになってしまった。「軽くなった」と悲しそうな顔で言う店主に、後生だからと頼み込んで近所の床屋に行ってもらった。結果は万事オーライ、松田優作(@ブラックレイン)のような精悍な短髪顔になって帰ってきた。この時ほど、床屋に感謝したことはない。秋の夜空の下、爽やかヘアの店主を見ながら、金輪際、店主の髪は床屋に任せることを心に決めたのだった。

8月23日(金)
今月のお客ラッシュは凄かった。全部で5組、9人の友人や家族がエジプトにやって来た。空港までの歓送迎、真夏のピラミッド。これだけでも結構な労働だ。それに加えて3人がドクターにかかり、1人が入院するという緊急事態も。こっちが病気にならなかったのは神のご加護か?ハムドリッラー。
今朝、暁の妹2人がエジプトを出発した。最後の客がいなくなって部屋ががらんとなった。忙しい日々だったけど、家族が訪ねてくれるのはやっぱり嬉しい。そして家族と別れるのは少し切ない。盛岡の中学校で理科を教えている弟のシュウは仕事を始めてから8年間、ほとんど休みがなかったという。たった1週間のエジプトだったが8年ぶりの夏休み、楽しんでくれただろうか?私の日常はどんな風に写ったのだろう。
18年前、山形の大学へ行った兄と、京都へ行った私が初めて帰省した夏。半年ぶりに3兄弟が揃った。ずっといじめられ続けた兄たちなのに、夏が終わり皆がそれぞれの街に帰った夜、シュウは悲しくてお風呂でひとり泣いたそうだ。家族は離れて暮らさないと本当の意味は分からない。そのシュウの娘に、小さなガラベイヤ(エジプト民族服)を持たせた。


8月09日(金)
帰国があと2ヵ月後に迫り、何をしていても、もうすぐエジプトを離れるということが頭を掠めるようになってきた。そのせいか、道を歩いていて冷やかされたりしても最近は頭に来ないで、とりあえず言い返してみるか、という気になる。「I love you〜ヤバ〜ニ〜!」「あんた気が触れてるの、それとも馬鹿なの?どっち?」「おぉ、アラビア語、わかるって知らなかったよ。すごいねぇ。」「もちろんよ、あんたと違って頭いいんだから。」という感じで、かなり乱暴なことを言っているにも関わらず、嬉しそうに誉めてくれたりすると、悔しいことに、自分もにこやかに落ち着いてしまうのである。でも2年間ずっとこんな調子だったわけではない。些細なことでいちいち気分が悪くなって、外に出るのが億劫だった時期もある。川縁に座ってくだらない言葉を投げかけてくるシャバーブ(若者)をみんな川に突き落としてやりたいと思ったことも。その点、店主はエライ。気に入らないことを言ってくる相手も自分のペースに引きずり込んで最後は必ず面白そうに大笑いしている。怒らせるよりも笑わせる方が勝ちというのはエジプトで初めて知ったけれど、本当にその通りだ。何故なら、笑う方が怒るよりずっと気分がいいから。それも言葉の壁を超えて笑わせるというのは結構至難の技なので、相手を笑わすことでかなりの満足感を味わえる。傍から見ていても「さすが〜」と感心してしまう。
これって人間のスケールなのか、とも思うけれど、時々私もやっているところを見ると、やはり気の持ちようなのだろうか。あと2ヵ月という名残惜しい期間でもあるし、いつも笑って過ごしたいものだ。

8月02日(金)
基本にかえらないと。
エジプトの生活が日常化してしまって、あの頃の新鮮な気持ちを忘れている。帰国まで残り2ヶ月を切った今日、私はアフワでシーシャを吸っていた。向かいのパン屋でアイッシュ・フィーノが丁度焼き上がった。午前1時。2年前はかたくなに近寄らなかったマクドナルドへも最近は気軽に入ってしまう。これは良くない。
アイッシュ・フィーノは小さめのホットドッグ・バーンズ。ほんのり甘くて、焼きたての旨さは格別だ。何で最近食べなくなったのだろう。これは良くない。
アツアツのを5本買う。50ピアストル(13円)。近所の食料品店でゲブナ・アビヤッド(白チーズ)とトマトを買う。1,5ポンド(40円)。急いで家に帰り、即席サンドウィッチ。甘いトマト、フレッシュなローカルチーズ、焼きたてのパン。これ以上のご馳走はない。エジプトはシンプルな物ほど美味しい。素材の全てが濃いのだ。
あと2ヶ月。基本を忘れないように。もうマクドナルドには近寄らない。