|
2月24日(月)
京都の円城さんから荷物が届いた。段ボールの中から壬生菜、聖護院かぶら、九条ネギなど、瑞々しい京野菜が沢山出てきた。京都で暮らした15年間、家でも、イタリアンレストランでも、ラーメン屋でも、当たり前のように食べていた京野菜。今思えば贅沢な話である。今さら私が力説するまでもないが、京都の野菜は美味しい。密な根菜、香り高い菜類。うだるような夏の暑さと底冷えの冬、そして独特の土壌がこれらの傑作を生み出すそうだ。
『ベーコンをカリカリに焼いて、ハービィなドレッシングでどうぞ。』言われたとおりに水菜を生で食べる。柔らかいのに歯ごたえがあって、身体が洗われるような健康的美味しさである。
錦市場を歩きに行こう。打田で漬け物をつまみ、湯葉吉で香りを楽しんで、有次のうどんすき用の鍋に溜息をつく。何も買わなくたって幸せな錦市場。そう思って歩いていても、いつの間にか両手一杯買い込んでしまうのだ。
2月17日(月)
今日は『化粧』をした。ロクロ成形した作品が乾く前に、水で薄めた違う色の粘土を掛ける事を『化粧』という。良質の白 い粘土がとても貴重だった時代に、表面だけでも綺麗にしようとした苦肉のテクニックなのだが、どんな粘土も手に入る現代でもその手法は廃れる気配がない。表面を覆う白い土は、裏側にある赤土の色を滲ませてとても奥深い、優しい表情を作り出すからだ。
『化粧』とはよく言ったものだなぁ、と感心してしまう。ベースをすっかり隠さず、持ち味を引き出すことによってより美しいものへと変化させる。これは調和の取れた本物の行為だと思う。『化粧』された作品が、どんな風に変身して窯から出てくるのか本当に楽しみだ。
3年振りの東京の街に、たいした変化はなかった。だけど、女性の化粧は僅かな、そして大きな変化があったような気がする。綺麗な女性が増えたなぁ、と思って何となしに電車の中などで肌を観察してみる。(私は最近の視力検査でも、左・右共2.0だった。決して不用意に近づいたりしていない)そこにはプラスティーキィな、不透明なスムーズさしかない。ベースの肌を無視した化粧は美しくない。そんなことしたら、品格まで埋もれちゃうよ。
2月11日(火)
思い切って古い写真の整理をしてみた。
毎度のことだけど、手紙や写真の整理は気が重い。そしてひどく疲れる。そのうえ古くさい匂いや埃でくしゃみが止まら なくなる。そんでもって(これは自分が悪いんだけど)つい読んだり、懐かしがったりするから時間がかかってたまらない。たいていは朝方になっても終わらず、翌日に持ち越してしまう。やれやれである。
結構マメに写真を撮っていたことに驚いてしまう。現像に出したり、また取りにいったり大変なのに。テストの答案が返ってくる時みたいに、結構ワクワクして楽しかったのかもしれない(思ったより出来が悪くてガッカリするところも然り)。
ざっと500枚以上の写真を処分する。ピンボケや明らかに無意味な写真に始まり、勢いに乗せてどんどん捨ててゆく。翌日見直したら元の木阿弥だから、きちんと結んでゆく。
核心である、昔付き合っていた女性の写真の整理にかかる。全て捨ててしまおうか、とも思うが、その時の大切な記録だったり、芸術的価値(なんのこっちゃ)が高い気がして捨てられなかったり。写りのいい写真だけ残して、将来誰かに自慢するか?などと、くだらないことも考えるが、やっぱり面倒くさくなって中途半端なままだ。
今朝、やっとまとめて燃えるゴミに出そうとしたら、写真は『ミックスペーパーの日』に出さなければダメだそうだ。最後まで厄介な行事であるが、デジカメ時代のこれからは『クリック&ドロップ』でゴミ箱に捨てることになるのだろう。それはそれで味気ない話である。
2月08日(土)
『新車を買った』とい う知らせが続いて寄せられた。そのうちの一人はフェアレディZ、だそうな。うーん、羨ましい。同じ時期にエジプトで過ごした彼も、自動車の運転に飢えているんだろうなぁ。途上国での運転は危険、と言う理由で私たちは大好きなドライブを2年以上禁止された。『寿司』や『温泉』も恋しかったけど、もっと本能的な乾きといえば『運転』だったかもしれない。オートバイでも何でもいいから、エンジンの付いた乗り物を操りたかった。そんなことに飢えるなんて思ってもいなかったけど。
帰国して、さっそく家の車を運転した。オートマティックにパワステ、カーナビゲーションまで付いている。段差のない道を滑るように走る日本の車。楽しいけど、これじゃ渇きは癒されない。わがままな話だけど、これじゃ運転している気がしない。
早くお金貯めて、自分の車を買おう。もっとガタガタ揺れて、ハンドルが重くて、せわしなくシフトチェンジしないと機嫌が悪いような、そんな車が欲しい。窓はぐるぐる回さないと気分じゃない。これって昔からの気もするけど、エジプト行ってからもっと強く思うようになったような・・・。陶器割らないように運転しないとね。
2月05日(水)
ナカノケンジからメールが入った。近々京都にオープン予定の中華料理店で提供するワインの相談だ。イタリアに住んでいたナカノケンジは気持ちいい位のイタリアフリーク。緑色のフィアットで信楽の街を走り抜ける毎日。言葉や文化はもちろん、イタリアワインに関する知識も深い。
今から10年ほど前、フランスワインこそが世界一と信じていた私と、イタリアワインを愛していたナカノケンジとで試飲会を開いた。88年のムルソー・ペリエール、幻と言われたサシカイヤなどが並び、美味さに国境なしの結論に行き着いた思い出のパーティーだ。
『個人的に好きなのは辛口のロゼ。コート・ド・プロヴァンスのバンドールなんか中華に合いそうだね。』『アルザスのゲヴェルツトラミネールはどうかな?』などなど、記憶の味覚を口の中で調和させる喜び。ワインは楽しい。
言い忘れたがナカノケンジはセンスのいい売れっ子陶芸家である。でも彼の頭の中は中華料理店とワインのことで一杯。『今、陶芸の興味はゼロ。』だそうだ。これからも、どんどん魅力的なワイン情報を送りつけよう。そして店がオープンしたら美味しい中華とワインを楽しむ。ライバルは陶芸から離れていく。一石二鳥である。
|