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3月26日(水)
遠回りの人生。そんなことを言うには若すぎるし、実際遠回りのうちには入らないのかもしれない。それでも私には長い日々だった。借金して窯を作ってから5年。ついに火が入った。
日本の伝統産業の中では珍しく、陶芸を志す人は増える一方だ。芸大・美大の中でもそれなりの人気学科だし、専門校や試験場などの施設も日本中に点在している。そして日本は火山国。花崗岩の半風化物である粘土は、どこの山からでも採れる。
反面『いい職人が育たない』と言う話しもあちこちで聞く。昔気質の工房で職人として働くのはとてもハードで、長続きしないのも無理はない。陶芸を志している人は皆、創作をしたいのだ。自分の物を作りたいのだ。無数にある素焼きの埃を払ったり、ただひたすら土を揉み続けたり、釉薬掛けと窯詰めだけで過ごす日々は創作とはかけ離れた辛い年月だからだ。でも、確実に陶工としての力は付く。下積みは独立してから必ず役に立つ。くちごたえ出来ずに親方をじっと見つめ返した屈辱の日々は、そのまま肥料となって自分の大地に蓄積していく。
吹出し口から出てくる還元焼成の炎を見ながら、陶芸三昧の日々を振り返る。高校の卒業式の日、知人の車に便乗して向かった京都。野宿で始まったあの日から18年、やっとここまで来た。
3月11日(火)
3月だけで、講演の依頼が4本も入っている。昨日は日野、明日は港区白金。それに横浜や千葉とある。相手も小学生、中学生そして高校生。年齢や校風に合わせて内容や話し方などを変えていくべきなのだろうが、まぁ私には無理な話。約束の時間中に話が尽きる事がないよう、退屈で眠りこける生徒があまり出ないよう祈るばかり。
私は、自分の体験を誰かに話す事が好き、というタイプではない。が、他の国で活動していた人たちと比べて、だいぶ楽な生活をしてきたらしい事に気が付いてきて、せめて日本に還元出来ることがあればと思い、出来るだけ承諾するようにしている。
それでも生徒たちと会い、話をするのはなかなか楽しいものだ。彼らの中には、私より年が若いお母さんがいたりと驚くこともあるのだが、私の中では世代の違いをそれほど感じない(と思っているのは自分だけか?)。可能性があるって事は、やはり眩しい事だなぁ、と感慨にふけっている。
もう一つの楽しみは、目的を持って知らない町を訪ねることだ。時間に遅れるわけにはいかないので、それなりの緊張感で速やかに電車の乗り換えをしていく。初めて来る(そして二度と来ないであろう)フツウの町、フツウの生活に少しだけ、それもゲストとして参加させてもらう快感。そして廊下に貼ってある習字や版画を見ながら、長く緩やかなヒトの一生を想うのだ。そう、これは自分を見つめ直す、自分のための講演でもある。(ギャラの魅力も後ろ押ししているのだが・・・)
3月04日(火)
イラクの陶芸家、ワリードからメールが届いた。はたして彼の元に届くのだろうか、という不安で出したメールの返事はアートや陶芸の話ばかり。『イタリアの友人と私、そしてニッポンのタクとで3人展をやりたいんだ。まだ先の話だけど、参加してくれるか?』なんて調子。嬉しいような、拍子抜けしたような。元気そうでよかったけど。
『あと1週間で隕石が地球に激突する。あなたはどうしますか?』
昔から繰り返されるテーマ。SF映画ばかりでなく、恋愛小説にまで登場する投げかけである。いろいろ考えるけど、やはり結論は『いつも通り、ロクロを回して窯を焚く』である。こんな日が突然来ても後悔しないよう、やりたいことは普段からやっておけばいい。一寸先は闇、の時代に世界中は巻き込まれているんだから。
ワリードの余裕は、潔くて格好良かった。でも、そんな日は来ない方がいいに決まってる。
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