5月29日(木)
広尾で修学旅行生に講演をしたあと、渋谷の映画館で『ロスト・イン・ラ・マンチャ』を観てきた。
あなたの一番好きな映画監督は?と聞かれて、真っ先に頭に浮かぶのはテリー・ギリアム監督である。18年前『未来世紀ブラジル』を観終わったあと、しばらく席を立てなかったほど感動したのを今でも覚えている。ジョージ・オーウェルの小説『1984年』を連想させる脚本、随所に登場する白黒映画のスクリーンやドイツ製1人乗り自動車メッサー・シュミットと近未来のコントラスト、衝撃的なラストシーン、そのバックに流れる明るく悲しいサンバの名曲『ブラジル』・・・。名優ロバート・デ・ニーロの存在すら霞んでしまうくらいの素晴らしい映画だ。その後作られた『フィッシャー・キング』や『12モンキーズ』も期待を裏切らない名作で、テリー・ギリアム監督の次回作には否応なしに胸が躍ってしまう(『バロン』についてはまた今度書きます・・・)。
構想10年の超話題作『ドン・キホーテ(仮題)』はヨーロッパ資本だけの映画としては最高額となる50億円を用意して、スペインで撮影が始まった。キホーテ役には、あああっ、あのジャン・ロシュフォール様(凄すぎる)、他ジョニー・デップ、バネッサ・パラディと演技派の名優がずらり。どう転んだって、期待以上の映画になるに決まっている!
ところがこの映画、撮影開始からわずか6日で撮影中止になってしまった。信じられないハプニングの連続で・・・。事実は映画より奇なり、だ。その様子をドキュメンタリータッチでまとめた映画が『ロスト・イン・ラ・マンチャ』。だんだんと沈んでいくギリアム監督が痛々しい。(椎間板ヘルニアをおして馬に乗るジャン・ロシュフォールも痛々しい)
この映画を観ることで、映画再制作の資金援助の足しになって欲しい。お金の寄付もして、ギリアム監督のサポーター会員証(写真)も貰ってしまった。楽しい映画じゃないけど、興味のある人は是非、観に行って下さい。いつか完成する(と期待したい)『ドン・キホーテ』の手助けが出来たなんて、孫の代まで自慢できるよ。
ちなみに『未来世紀ブラジル』、誰に勧めてもあまりいい反応が返ってこない。なぜ?


5月20日(火)
父の実家は墨田区東向島一丁目。昔は『いせや』という名の和菓子屋だった。水戸街道に沿ったところに店を出していて、当時あの辺りで知らない人はいないくらいの有名店だったらしい。正確には和菓子屋ではない。赤飯や柏餅なんかを売って、横には椅子とテーブルが並んでいて、夏にはかき氷、冬にはおしるこなんかも出す餅屋+甘味処と言ったところ。下町の、庶民の店である。
14年前その建物を取り壊すとき、記念にアイスクリーム(当時はアイスクリン)を盛りつける半球体のスプーン(カチャっと落とすやつ)を大小組で貰ってきた。ちょっと見は現代のものと変わらないけど、随所に見られる重厚で丁寧な作りは、良い時代の息吹を感じさせる。
キッチンの整理をしていた母が、当時店で使っていたガラスのコンポートを出してきた。安物だけど、100年近く経ったものは、独特の雰囲気を醸し出す。微妙に歪んだ作り、自然と入ってしまう気泡、力の抜けた色使いに圧倒されてしまう。ああ、こうゆう物こそが人に優しい器なのだと。
暑くなったらかき氷を作り、アイスクリンをこのコンポートに落として食べよう。現代に求められている器が何か知るためには、大先輩の声に耳を傾けないと。


5月05日(月)
流行ってなんだろう。
当たり前のことだけれど、陶芸の世界にも流行り廃れがある。日本を留守にしていたからか
、それとも自分で商売をしていなかったからか。とにかく3年振りに見て回る陶器店、クラフトショップなどに並ぶ陶磁器には色濃く流行を感じる。なんというか、それっぽい物がずらりと並んでいるのだ。
『なかなか面白い。技術もある。でも、はたして食器として欲しがる人がいるだろうか?』
録音してコレクションしたいくらい、私の作品に対するコメントは似ている。ショップの人たちは売れない物を並べたりはしない。もちろん買ってくれるはずがない。そうゆう意味では、私の作品は蚊帳の外である。家に帰り、謙虚にそんな意見を反映した物を作ってみる。それっぽい物を作る努力をしてみる。でも、当然だけど、どんな仕事であれ慣れてない仕事は美しくない。簡単に作れても、いい物は出来ない。そこに残るのは疲労感とひどい自己嫌悪だけだ。
流行は追いかけたって追いつくことはない。自分の好きな物しか作れない人間は、余計なことしちゃダメだ。自分の仕事を高めよう。それしか道はない。


5月01日(木)
横浜の新名所、赤レンガ倉庫から海を眺めると、奇妙な半島のようなものが見える。小さな丘にも見えるし空母のようでもある。いつも気になっていたその突端は『国際客船ターミナル』というシロモノで『大桟橋』とも呼ばれている。その名の通り横浜で最大の桟橋らしい。
私の知っている『大桟橋』はもっと寒々しい、怖い感じのところだった。船に関わる仕事をしていた父に連れられて、QE2の中に入らせてもらったのもここの桟橋だったはず。いつの間にかリニューアルされた『大桟橋』には誰でも自由に入ることが出来る。床板と芝生、ステンレスのパーツで構成された大桟橋の屋上は、大きな鯨の背中みたいに緩やかなカーブを持った公園。おのおのが寝転がったりお弁当を広げたりしながら春の陽射しと潮風を楽しんでいた。眼下に広がる海を見ていると、船上にいるような気分になってくる。山下公園、港の見える丘公園とも違う、新しいタイプの公園である。
私はここがすっかり気に入ってしまった。港が持っている旅気分をとてもスマートな形で表現していて、ちっぽけな悩みなんてすぐに飛んでいってしまいそう。日陰がないからこれからの季節はちょっと暑そうだけど、時々遊びに来よう。