6月30日(月)
タンザニアで物理のセンセイをしていたチクが帰国した。
私はいそいそと成田空港まで迎えに行く。水道もない村で暮らしていた彼女の、小汚い姿に早く会いたかった。あわよくば勢いでハグ(抱擁)してもらえるかもしれない。久しぶりの和食にはしゃぐ彼女とビールジョッキを傾けるシーンを想像しながら、普通列車はゆっくりと東京湾を半周する。
電話もないからメールもできない。現代におけるこの不便さは逆に新鮮で、不意に届くアナログレターに温もりを感じた。タイムラグは思考の時間でもあるのだ。
ゲートをくぐったチクに、真っ先に駆け寄ったのは彼女のお父さん。連絡が思うように出来なかったから、こんなハプニングも当然起こる。ハグどころか、私は出ていくタイミングを逃してしまい、挙動不審のモジモジ男に。何とか近づいて挨拶をしたあと、父娘+他人男という気まずいティータイムを30分、そして電車で帰路についた。往復6時間のカフェ・ラテ。気付いたときには底に白い泡が残っているだけだった。

6月25日(水)
爬虫類に惹かれている。
魅力を語るとキリがないが、何と言ってもスタイルが良い。そして目がいい。大型爬虫類が地球を支配していたあの時代のことを考えると興奮して、身体が熱っぽくなってしまう。
ドタバタ映画と思われがちな『ジュラシックパーク』だって、図鑑と博物館の化石しか知らなかったあのヴェロキラプトルが走り回っているんだからたまらない。ストーリーとは関係なく(マイクル・クライトンの原作は本当に素晴らしい。必読!)その映像に釘付けだった。
今日は、朝からの雨がウソのように晴れ上がって、眩しい西日が工房に射し込んでいる。庭に出ると濡れた芝生の中をトカゲが歩いていた。小さいけど立派な爬虫類。エメラルドグリーンから濃紺へグラデュエーションしているしっぽが美しい。

6月21日(土)
タチアオイ。梅雨入りの頃に茎の下の方から咲き始め、一番上の花がしおれると梅雨が明ける。チコと散歩中に見つけた桃色のタチアオイは、真ん中より少し上で花をつけている。
梅雨の真っ最中、6月21日は私の誕生日。1年中でいちばん陽が長い日。子供の頃、誕生日には友達が集まって日が暮れるまで遊んだ。雨に降られた記憶はない。去年は、誕生日杯テニス大会にナイル川船上パーティ。私が生まれた日も抜けるような青空だったらしい。
今日も快晴。降水確率0%。1人で窯詰めの準備に追われる1日。これはこれで自分らしい気もする。取り巻く環境は変わっても、この日の天気は変わらないのが嬉しい。
37歳。もう折り返し地点は過ぎているのかもしれないなぁ。



6月17日(火)
4年ぶり梅雨である。年に数日しか雨の降らないカイロにいたときはこの湿度が恋しかった。が、やはりジメジメした天気というのはあまり気分のいいものではない。
昨日から八ヶ岳に来ている。この辺りは本州では珍しく湿度の低いハイランド。6月でも爽やかな空気が嬉しい。愛犬チコは勝手知った野山を駆け回っている。都会の緑地とは違う匂いに興奮している様子。犬も人間も森に来ると生き返る。美味しい空気と水はボディ・リクエストだ。
湧き水から流れる小川にクレソンが群生している。早速摘んで、サラダにして食べた。ボトリングしてそのまま売れるような『八ヶ岳の湧水』を使った無農薬栽培。何と贅沢な美味しさ。
陶工は通勤しないでいい仕事なんだから、不便なところに住める。しかも土地は安い(はず)。将来の豊かな生活を夢みて、今はがむしゃらに働かなきゃ!


6月13日(金)
エジプトから機関誌『ファルーカ』が届いた。15人まで減った隊員もまた数を増やしはじめ、紙面に活気が戻ってきた。徹夜で編集作業をした日々が懐かしい。
封筒にツタンカーメンの切手が10枚貼ってある。合計12.5ポンド(約290円)の送料だが、なぜか消印の押してあるのはそのうち4枚だけ。糊質の悪い6枚の切手は簡単に剥がれて、再利用可能状態に。
たかが7.5ポンド(約170円)と言うなかれ。カイロで会った陶工見習いの2日分の給料である。市場に行ってトマト、ズッキーニ、茄子、ジャガイモ、タマネギ、三度豆、キュウリ、オクラ、キャベツ、オレンジ・・・全て1キロずつ買って(持ちきれるだろうか?)、アフワでシャーイ飲んでシーシャ吸ってもまだお釣りが残る。いい国だなぁ、改めて。
ところが養殖の技術が無いからか、エジプト人の憧れである魚介類、特にエビは高い。大きな車エビになると、1キロ当たりの値段はトマトの300倍である。帰国してから、高くて甘くない日本のトマトが買えなくなって、安くて美味しいエビばかり食べている。慌ててエビを食べたってどうにもならないんだけどね。またエジプトに帰る訳じゃないんだし。
さて、この6枚の切手、送り返すのに130円の送料がかかる。代わりに切手分の野菜を送ってくれると嬉しいんだけど・・・。


6月08日(日)
今日、青年海外協力隊春募集の1次選考が全国であった。私は選考管理員としてJICA横浜国際センターへ。選考管理員といっても、要するに雑用係のアルバイト。半年振りのネクタイ、スーツに身を包み、見た目だけはそれらしくする。昔からそうなのだが、ちゃんとバッジを付けているにも関わらず、部外者(今回で言えば受験者)と間違えられる事が多いからだ。都内の高校で非常勤講師をしていた弟が、昼休み前に売店でパンを買おうとしたら『まだ授業中でしょ?教室へ戻りなさい!』と怒られたという。『僕、センセイです!』と訴えても取り合ってくれなかったという悲しいエピソードが。若く見えるというより、落ち着きのなさが原因。兄弟で共通の悩みである。
1次選考は各分野の技術試験、語学試験、適正テストとあり、丸一日仕事。これに合格すると来月の2次選考に進む。個人面接、技術面接がそれぞれ30分ずつあり、厳しい健康チェックもある。2次選考合格者は、3ヶ月間の合宿までに技術や語学の補完研修を済ませる。隊員までの道のりはまだまだ長いのだ。
4年前、病気の妻を看病するため、私は仕事を中断して京都で暮らしていた。ヘトヘトに疲れきっていた私の目に入ってきた隊員募集のポスターは、自分らしく生きるための非常口のように見え、祈るような気持ちで1次選考会場へ。『モンテ・クリスト伯』のエドモン・タンデスみたいに、再び自分が動き出すのを感じた日だった。
いろいろな想いを抱いて会場に集まった受験者たち。私は問題用紙を配るたびに小さな声で『頑張って下さい』と声をかけた。


6月03日(火)
日本で釣りを趣味にしている人は1000万人以上と言われている。釣りをしない人から見たら、海釣りも川釣りも似たようなものと思うのだろう。まして魚種ごとに違う釣り方がある、同じ魚を釣るにも全く違うルールとテクニックが必要、なんて話をしたって『ああ、そうですか。だからなに?』ってなもんだろうけど。
ここ7、8年、私は渓流の釣りしかやっていない。といっても鮎の釣り方なんて知らないし興味もない(食べるのは好きだが)。私がするのは渓流で主にスプーン(擬似餌の一種)を使ってイワナやヤマメを狙う『スプーナ・フィッシング』である。管理釣り場へも行かないし、大物にもあまり興味がない。細いロッドとわずか2グラム程度のスプーンを使って、のんびりと上流に歩きながらキャストを繰り返す。25Bぐらいのヤマメが1匹釣れたらそれで大満足。優しくリリースしてあげよう。そんな釣りもあるのだ。
使っている道具はどれも古いもので、フランス製のロッドにイタリア製の小型スピニングリール。性能は現代の物より劣るけど、美しいギアはそれだけで楽しい気分にさせてくれる。
東北にも遅い春がやって来た。盛岡に住んでいる弟と、『人間を見たことのない尺イワナ』がいるという沢に入り、1日中ロッドを振っていたい。気分は『リバーランズ・スルーイット』のポールである。