7月31日(木)
なかなか岩手に行けないまま7月が終わろうとしている。
盛岡のシュウから、頻繁に写真付きのメールが届く。こんな内容だ。『仕事が早く終わったので15分だけ渓流に入る。2投目でイワナがヒット!紗詠(娘)の好物なのでありがたく持って帰り、塩焼きにして食べました』『タックンが来たときの為に新しいポイントを探す。試しににキャスト。すかさずヤマメがヒット。美味かった』おいおい、そんなに持って帰るなよ。オレのために下調べしてくれるのは嬉しいけど、魚影が薄くなったらどうすんだよ。『今日は朝から気合いを入れて本流に挑戦。20分後ビッグヒット!』ふんふん。『あまりのファイトにロッドが折れてしまった!』おいおい、本当かよ?『長い死闘の末、ついに36Bのヤマメを釣り上げる!』マジかよ?そんなデカイのが釣れるなんて信じられない!オレも釣りてぇ〜!!『天然物はやっぱり違う。家族3人でペロリと平らげました』・・・また食ったのかよ。
俺が行ったとき、釣れなかったらどうしよう・・・でも言われる言葉も知っている。『タックン、釣りは運とテクニックだよ』それはオレの言葉なのに!
盛岡決戦は来週。勝負だ、シュウ!(東京でしか買えない最新のスプーンで差をつける!)


7月28日(月)
NHK教育テレビで、ついにアラビア語入門が始まった。
湾岸戦争、ニューヨークのテロ事件、イラク戦争・・・。アラブは遠い、無縁の国ではなくなった。世界20カ国以上、2億5千万人が使っている言葉、アラビア語。6つある国連公用語のひとつである(日本語は国連公用語ではない)。『ミミズが這っているような』『右から左に書く変な文字』好きなように言ってなさい。アラビア語は美しい。そして挨拶と愛情、感謝に溢れた言葉である。アラビア語を使っていたら楽しい気分になるし、小さな事ではくよくよしてられない。つくづく、パワフルな言葉だと思う。
2年6ヶ月間、アラビア語で暮らしてきた。大学生を相手にアラビア語で授業をしてきた。悩みも聞いたし、喧嘩もした。発音もそれなりに自信がある。テレビ初のアラビア語教育番組がスタートした記念すべき今日、私は見守るような気持ちで画面を見つめていた。
『アッサラーム・アレイコム!』懐かしい挨拶が飛び込んでくる。レギュラーの2人はエジプト人、いつもの挨拶が続くと思いきや・・・『カイフ・ハールキ?』なんだ、その言葉???
私が使えるアラビア語はコテコテのエジプト方言だけだ。正則アラビア語(フスハ)を使うチャンスはほとんどなかった。これはヤバイ。初日から知らない言葉が出てきたぞ・・・。テキスト買ってこないと置いて行かれちゃう!


7月25日(金)
早朝からロクロをする。波乱の26日間が終わり、全てが最高の状態で7月25日を迎えた。今日、3玉目の土揉みをしている最中に電話のベルが鳴る。
『卓さん、チェックインが終わって今から搭乗だよ』冷静な、いつも通りのチクの声。やっとタンザニアから帰ってきたと思ったら、もうイングランドに出発だ。北陸・関西旅行、人生を考えさせられた誤診騒動、いろんな事が頭をよぎる。離ればなれの寂しさより、健康に生きられる事の喜びが大きくて上手に話すことが出来ない。『楽しんで、しっかり勉強してきて』ありきたりの言葉で電話を切る。
受話器に付いた粘土を拭いて、土揉みを再開。細かいひだを作りながら循環する菊揉みは、思うように前進できない自分のようで、少し切ない。チクが帰ってくるのは半年後?1年後?会えない時間だからこそ、前に進まなきゃ。頑張っている人に再会するためには、止まってなんかいられない!西北の方角を向いて、粘土だらけの左手で小さくガッツポーズをしてみた。なんとなく。


7月23日(水)
ウィルスは恐ろしい。ある日突然に大気から酸素がなくなる、なんて事が想像できないのと同じで、いつの間にか自分の身体に恐ろしいウィルスが入り込んでいるとは思いもしない。身に覚えのない人にとって。
突然、エイズやC型肝炎を宣告された本人、ごく親しい周りの人間の絶望感は想像を超える。交通事故で突然この世を去るのとは違い、この先何年、何十年という長い時間をかけて蝕まれていく自分の身体とどう向き合えばいいのか。漠然と計画している未来設計を、根底からやり直さなければならない。重く垂れた雲は太陽光線を遮り、心の中に止まない雨が降り続ける。
オマエをそう簡単には殺させやしない。
鶯谷の焼鳥屋は今日も煙をまき散らしている。軒下で雨をよけながらビールを飲み、焼鳥をつまむ。隣で豪快にコップ酒をあおるオバサンが串を差し出す。『レバーは身体にいいんだ、食べなよ』嬉しくて泣きそうになるのをグッとこらえ、ありがたく頂戴してビールで流す。前言撤回、止まない雨はないのだ。


7月07日(月)
京都は東山、三十三間堂の横に京都国立博物館があり、中庭にはロダンの彫刻『考える人』が頬杖をついている。彼の見つめる方向へ直線距離わずか80メートルほど。ここにダイの工房『豊仙窯』がある。『塗師屋町』の地名通り、ここには昔から職人が沢山住んでいた。今でもひっそりと佇む町屋がよそ者の私には刺激的だ。
『鰻の寝床』と言われる京都独特の区画そのまんま、細い路地の奥にふわっと広がる所に『豊仙窯』はある。はじめて訪れる人は誰もが驚きの声を上げるくらい、秘密の穴蔵ムード満点の場所。私は京都を訪れると、まず『豊仙窯』に向かう。荷物を降ろし、シャワーを浴びてほっと一息。そのまま眠ってしまうときも。翌日、用事を済ましたらまた『豊仙窯』へ。ダイの仕事を邪魔しながら他愛もないおしゃべりを続ける。夜は木の階段を上がって二階へ。『悪いなぁ・・・』と思いながらも、結局いつもここを拠点にしてしまう。その雰囲気、居心地の良さ、そしてダイの人柄に甘えて。大きな声では言えないが、ここは私の、秘密の隠れ家。
七月の京都と言えば祇園祭。17日の山鉾巡行をクライマックスに街は祭り一色。夜の祇園町は代々伝わる家宝を公開する家が連なり、しっとりと京都の深さを感じる事が出来る。帰国してから始めての7月。やっぱり行きたいな、京都。ダイ、今週末またお世話になります。この借りは出世払いで・・・いつもゴメンね。