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9月29日(月)
来月から個展が始まる。その前に3人展があって、その前に友人ヒロの結婚式が京都である。私が作った引出物の発送手続きが今日やっと終わった。展覧会に向けた制作ラッシュがいよいよ始まる。
両親は出かけて3日間留守。料理は得意だし億劫でもないのだが、こう忙しいと時間が惜しくて作る気がしない。料理作るなら陶器作れ、だ。結局、晩ご飯が夜中の12時を回ってしまった。当然、愛犬チコの御飯もずれ込んで、たいそう不機嫌である。レタスとロースハムでサンッドウィッチを作り私の夕食に。レタスの芯を茹でたのをドッグフードと混ぜて、チコの晩ご飯。今日は全然かまってあげられなかった。ゴメンね。
夜中の散歩に出掛ける。これ見よがしに溜まった糞便をまき散らすチコ。遅うなって悪うござんしたねぇ。涼しい風が吹く秋の夜。空には満天の星空。チコとボール遊びをしながら、こんな時間が永遠じゃないことをリアルに感じて、急に寂しくなる。もうすぐ9歳のチコ。あと何年元気でいてくれるんだろうか。
パレスチナ生まれのエドワード・サイードが他界した。2日後の天声人語でその事実を知った。著書『パレスチナへ帰る』を初めて読んだとき、私を捕らえたのは無力感だった。大江健三郎との往復書簡にまとわりついていたのも無力感。これほどまで頭が良く、影響力も行動力もある人が動いているのに何も変えることが出来ない事実。そして彼を失った事の大きさを、多くの人が気付かないでいる事実。
日本人にパンの夕食は合わないかも知れない。今日の感傷的な気分を助長しているのは、さっき食べたサンドウィッチのせいだと思う。卵入りの鍋焼きうどんなら、きっと気分の切り替えが出来たのに。
9月23日(火)
炭水化物は太るんじゃないか・・・と知ってはいるものの、好きなんだからしょうがない。今は家で野菜中心の食事しているから大丈夫だけど、また一人暮らしを始めたら食事も偏るんだろうなぁ。特に麺類はやめられない。うどん・蕎麦・ラーメンに焼きそば・スパゲッティ・・・毎食ローテーションで食べたいくらいの麺食い。
昨日は作品の売り込みに新宿の京王百貨店へ行って来た。意外にも反応は良く、来年あたり個展の話しでも来るかも知れない。どちらかというと評判の悪かった鱒紋の器を気に入ってもらえ、気分よく百貨店をあとにする。せっかくの外出だし小腹も空いてきたし・・・こんな時は決まってラーメン。半年ほどご無沙汰、『天下一品』の暖簾をくぐる。京都にいた頃、特に炭山時代は週に2回は食べていた『天下一品』。習慣性のある物質が入っているんじゃないか、と言われるくらい食べ始めたらやめられない美味さである。
東京界隈にある支店はどこも似たり寄ったりの味で、九条ネギはほとんど入っていない。それでも食べられるだけマシか。あっという間に平らげて、スープを飲み干す(これが身体に悪いんだよな)。ドンブリの底にはおなじみの文字『明日もお待ちしてます』があるはず・・・・あれ?
慌てて見直すと、内側の真ん中あたりに書いてある。なにそれ?スープ飲み干すなって事かよ。それにスープの量を決める目盛りが入っている。スープ入れすぎるなって事かよ。こうゆうのはシステムとは言わない。ただの堕落だ。
9月11日(木)
毎週木曜日はテニスの日。弱る一方の足腰の為にも欠かさず出席したいのだが・・・雑務に追われて叶わぬ夢。真夏を思わせる今日、やりかけの仕事をほっぽりだしてテニスコートへ。炎天下での4時間ぶっ通しで体重が3キロも減ってしまった(夜のビールで元通りだけど・・・)。
帰りの小径にカラタチの垣根がある。熱心にアゲハが飛んでいるところを見ると産卵の時期なのだろうか?茅ヶ崎の小学校に通っていた30年前、通学路に同じようなカラタチ小径があった。ジッと目を凝らしていると突然視界に入ってくるアゲハの幼虫。親指ほどもある幼虫は見事な保護色で、巧みに枝の横でジッとしている。色だけではなくその質感がカラタチと同化しているため、認識したときに突然現れたような感覚でドキッとしてしまう。『純粋な心がないと見つけられない』コロボックルのような生き物だ。
今日は9月11日。あの日から2年。
今朝の朝日新聞、社説にこんな事が書いてある。『テロリストの根を絶つために、イスラム諸国自身の民主化努力も求められる』・・・本当にそうなんだろうか?
今、世界に求められているのは想像力だ。そして柔軟な視点だ。アゲハの幼虫を見つけることの出来る人間が増えれば、世界は良い方に動き始めると思うんだけどな。
オレ?10分ほど探したけど、結局見つけられなかった。まだ孵化してないんでしょう!
9月09日(火)
モロッコで建築の指導をしていたヒロが結婚する。先月、素敵な婚約者を連れて、はるばる京都から遊びに来てくれた。教会で式を挙げたあと、京都の町屋で披露パーティーをするという。企画からプレゼンテーションに至るまで、全て 自分たちの納得のいくものを、と取り組んだプランの中で、私の作品を引出物として使ってくれる事になった。その気持ちに応えるため、私もひとつひとつ、丁寧にロクロで作っていく。嫁ぎ先の決まっている作品を作るというのは、別な意味で緊張を強いられるのだ。
今日は八丈島から届いたばかりのカツオに、オーストラリア産のシャルドネをぶつけてみた。青魚に白ワインは御法度と言われているが何のことはない、ベストマッチを楽しんだ。流れの速い雲が去ったあとには、満月まであと少しの月。寄り添うように火星が輝いている。こんな日は酔っぱらっていても関係ない。千鳥足でアトリエへ向かい、仕事を再開。
ロクロはその日のコンディションが出やすい、と言われている。その通り。こんな気分の良い日はヒロのために最高の作品が作れるはず。目が回ったけど、気持ちのこもった作品が出来たんじゃないかな。明日の朝見てみないとわからないけど・・・。
結婚式まであと1ヶ月。喧嘩なんかしないで良き日を迎えられますように。
9月07日(日)
京王友の会・1日陶芸教室が終わった。前日から八王子のマキトさん宅に泊まらせてもらい(ジュンコさん、美味しい御飯ご馳走様でした)打ち合わせ。本番では粘土からの成形と、乾燥した作品を使ったレリーフの両方を同じ日に行うため、あらかじめ人数分の皿を作って乾かせた物を自動車で運ぶことに。帰りは、教室で生徒が作った作品を割らないように持ち帰らなければならない。たった1日の講習と言えどなかなか大変である。
中学・高校と過ごした多摩はすっかり様変わりして、立派な街になっていた。20年前、陶芸という未知の世界へ飛び込もうとしていた普通の高校生は、ここ聖蹟桜ヶ丘で1人の男と運命的な出会いをする。兵庫から単身で上京、無給の住み込みで腕を磨いた皮職人の松本さんは当時28歳。独立して聖蹟桜ヶ丘に店を構えていた。本当の意味で自分の生き方を理解してくれる人はいないと思い、孤独なリサーチをしていた当時の私に、松本さんの存在は大きかった。たった半年間だけど鞄作りを手伝い、一緒に旅行をして、奥様のハミさん達と朝まで話した。松本さんの、初めての弟子(アルバイトだけど)だった私から始まり、今では多くの若者が彼の元で修行をしている。ショップ&アトリエは神戸に2店舗。日本のエルメスを自負する松本さんの鞄は、多くの人に愛され続けている。
京王友の会・陶芸教室の講師陣を見ていたら、中学時代の美術教師の名前が。オレの名前を見つけたら驚くだろうな・・・。どんなに様変わりしても、この街は青春のホームグラウンドなのだ。
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