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04月24日(土)
エジプト&オランダから帰国した。
わずか2周間の滞在だが、言葉にできない気持ちが身体中にまとわりついて離れてくれない。知らない街を訪ねるのは楽しいし刺激的だけど、カイロは特別。シドニーやパリ、京都だって世界中の他の街と同じ“カイロじゃない街”として区分されてしまう。
アフワに通ったなぁ。多い日で11回、少ない日でも3回はアフワに行った。ほとんど、いや完全な病気だ。アフワ中毒。オレは多分、日本で一番アフワに狂ってる男だと思う。アフワはカイロの街そのもの。街の至る所に佇み、男達を誘い込む。シーシャはアフワで吸う嗜好品。煙が嫌いな人はアフワに近づかなければいい。なんて単純で潔いシステム。この単純さはエジプトという国にも通じる。楽しく生きる事に関して先進国のエジプトに対して、日本はひどいねぇ。せめて自分だけでも抵抗しなきゃ。先進諸国の皆さんに負けないよう、楽しく生きるぞー!
04月21日(水)
KLMでアムステルダムへ向かう。
トランジットだけでは惜しいので少し滞在する事を話したところ、ロンドンに住むチクも遊びに来るという。最近流行の『easyjet』という航空会社を利用すれば往復8000円ほどでアムスに来られる。なんとも驚きの話だ(ただし機内のドリンクも有料、チケットも発券しないという徹底っぷり)。
綿密な打ち合わせもむなしく、異国の地で再会出来たのは待ち合わせの4時間後。理由はともかくこの1年間、とにかく約束の時間に現れないチクにオカンムリの私だが、せっかく来てくれたこと、限られた貴重な時間を考えてカームダウン。彼女が持ってきたギネスビールと好物ソルト&ビネガーのクリスプス。和解するしかない・・・。美しい運河の街は心地よい風が流れ、ホテルを決めてから誘われるように街へ繰り出す。夜の9時を過ぎても空は明るく、広場にある仮設遊園地のネオンが幸せな気分を運んでくる。アムスも悪くない。
お互い外国から来たんだし、と言うことで鉄板焼『KOBE』の暖簾をくぐる。キビキビした東洋人スタッフは見ていて気持ちいいが、どうやら日本人は一人もいなさそう。日本でも(高いから)滅多に入らない鉄板焼きのパフォーマンスと美味しいワインを堪能した私たちは、再び運河の街をブラブラと歩き出す。『ドラッグとエロ』の街と聞いていたのに、このクリーンなイメージはなんだろう?運河沿いのウィンドゥには、身体をくねらせて男を誘う娼婦たちのチョン間(?)が連なり、金を握りしめた男達の真剣な交渉が続いている。にもかかわらず、そんな事さえ『ディズニーランドっぽい』と感じるのはカイロから来たせい?合法的だとダークな印象はなくなってしまう?ドラッグは死刑、風俗もアルコールも御法度のエジプトがあんなにディープなのと正反対だなぁ・・・。
04月19日(月)
なんの連絡もせず、ひょっこりと昔の職場に顔を出してみる。 いるわいるわ・・・何年経っても変わらぬ顔ぶれが、同じようにおしゃべりをしている。目を丸くして駆け寄ってくる同僚と、いつもよりずっと長い抱擁。その後は文句タラタラのラッシュ。『なんでもっと連絡しないんだ!』とか『オレ達のことは忘れたっていうのか?』とか・・・全て予想通り。エジプトの全てが嬉しいくらい、そのまま、そこに存在している。タク再来のウワサはすぐに伝達して、瞬く間に帰国までの予定は一杯になってしまう。最近子供が生まれたハラとファトヒーの家に招待(拉致?)され、久しぶりに満腹の限界を超える。マハシー、モンバール、ショルバ・リサーンアスフール、コフタ、フィラーハ・・・エジプトの家庭料理は本当に美味しい。食べ過ぎの苦しさも今日は幸せ?
日本の食事を食べてみたいというリハームを連れて、初めてカイロの日本料理屋へ。夫婦で28年続けてるという『おかもと』は玄関から和風の佇まい。出汁の良い香りに期待が膨らむ。が、特に和食が恋しい訳でもない私の舌は冷酷で、にぎり寿司、天ぷら、照り焼きなどどれも落第点。これが日本の料理と思われた困るなぁ・・・。ヒガーブを被った敬虔なモスレムのリハームだけど、エジプト人らしからぬチャレンジ精神で初めての生魚に果敢にかぶりついていた。ミル貝の握りはワサビが利きすぎていて、しばらく目を閉じた後トイレに駆け込む。それでも次の寿司に挑戦。マグロや海老などは美味しいと言って食べていた。へたくそな箸の使い方やころころと変わる表情を眺めながら、この国の全てに恋をしている自分を認識する。
04月15日(木)
サトシトミイエ初のエジプトパーティが終了した。ナイル川縁の屋外クラブに集まった超満員3000人の熱狂がまだ耳に残っている。壇上のDJブースはスタァ気分を味わえる特等席で、オレが拳を振り上げれば3000人が同調してくれる。うひぃ、他人のフンドシで相撲を取るってこんなこと?なんとなく後ろめたいけど、カ・イ・カ・ン・
10数年トップDJとして世界中を回ってきたのは伊達じゃない。サトシトミイエのプレイは緻密で自由。観客の空気を詠みながら数千曲の中から選び出し、迷い無くどんどん繋いでいく。もちろん最初から全力疾走はしない。恋愛と同じ、これは駆け引きだ。焦らしてから引き寄せ、ちょっとつれない態度を取ったあとに抱きしめる。恋愛初心者(ここで言うエジプト人)にとったらもうメロメロだ。ラスト15分にクライマックスへと導かれた会場は、恍惚のうねりとなって昇天する。うーむ、これは勉強になるわい。
買ったり、貰ったりしたレコードをターンテーブルに載せる。次のレコードとのつなぎ目が判らないように繋いでいき、音をエフェクトする。ただそれだけの事。MCもナシ。スクラッチもナシ。DJという仕事の単純さ、単純故の難しさ。世界中に何百万人(?)といるDJ志願者との違いは何だろう?と考える。結局オレの仕事と同じだ。理屈抜きで人の心を掴めるかどうかに尽きろ。それは人間の魅力そのものかもしれない。DJプレイの最中にサインを頼まれたり、邪魔されてもイヤな顔ひとつしない。ホテルのレセプションで後回しにされても涼しい顔して待ってる。居酒屋の若い店員に対しても敬語を使うサトシトミイエ。彼から学ぶことはとても多い。
5月5日にアップされるサトシトミイエHPのツアーレポートを今泉卓が執筆。お楽しみに!
www.satoshitomiie.com
04月11日(日)
ありえない・・・と最後まで信じられなかったサトシトミイエのエジプトツアーが実現しそうである。誰がギャラを払うのか?カイロにクラブはあるの??どんな客層???はてなマークは増えるばかりだが、もう引き返せない日程である。 通訳&冷やかし要員の私も明日の朝、成田を出発する。1年半振りのエジプトである。現在ポルトガルにいるサトシトミイエはイタリアで仕事をしたあと、14日にエジプト入り。また3日後にはギリシャへと移動する。華やかだが移動だけでも大変な仕事。オレみたいにのんびり気管支炎とか言ってられないハードな毎日。一線で活躍する人間はまず体力。センスも頭脳も体力と健康が無くては何も役に立たない。
何日か自由時間をもらって懐かしいカイロの街を歩く予定だ。誰かに連絡すると芋蔓式に予定が入ってしまうのでエジプト人にはまだ連絡していない。ざっと計算しても200人以上の友人がいるカイロで全員に会うのは不可能。突然訪ねて、驚かせて、そのまま帰国するしかない。
サイエダ・ゼイナッブのアフワ『イッサァ・アルバック(心の時間)』へ行けば、顔見知りが今日もシーシャを吸いながらお喋り中。私の顔を見た途端、寄ってたかってもみくちゃにするだろう。そんな場所、日本にだってない。カイロはやっぱり素敵な街。心の故郷。
アラブ人は最高だ。イスラムの持つ優しさにいつも救われてきた。プロパガンダを越えた、穏やかな想像力が世界中に浸透しますように。じゃ、行ってきます。
04月06日(火)
イギリスから連れて帰ってきた気管支炎は強力で、京都の友人トクヤ氏の結婚披露宴は泣く泣く欠席することに。止まることを知らない咳はあまりにも迷惑な話だ。丸山のしだれ桜は来年までお預け。普段あまり病気をしない人間ほど、かかったときのダメージは大きい。健康って素晴らしいことなんだ、改めて。
半快のまま、再び披露宴で福岡へ。医者に厳しくストップをかけられた飲酒だが、美食と焼酎の地で何処まで守れるのか・・・。初めての国内線、初めての九州。新郎のマコトはエジプト時代の友人。忙しい最中に空港まで迎えに来てくれ、そのまま一緒に窯元巡りの旅。唐津・有田・伊万里・・・あまりにも有名な焼き物の聖地は、どこも意外なほどに小さく静かな海辺の町。潮風を受けながらゆっくりと散策。古唐津の権威、西岡小十先生の工房を訪ねる。日本昔話に登場するような風景の中に満開の山桜。奥様に窯場や展示室を案内してもらい、帰り際には信じられないようなお土産(口止めされているので内容は言えません)まで頂いてしまう。小十先生の作品は圧巻だ。そして、なんと自然で暖かいもてなし。同じ陶芸に関わる人間として、反省ばかりじゃダメなんだけど・・・頑張るしかない!
心温まるマコトとユウコさんの結婚式も終わり、私の作った記念品も無事、皆様の手に渡った。豪快で優しい九州の人達との宴会は楽しかったなぁ。あ、ドクターストップ・・・ま、いっか。次は山梨の桃狩り&温泉宴会!日本はいい国だなぁ。
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