10月27日(水)
新潟で起きた地震は想像以上の大惨事となって、日本中に悲しみの雲を落としている。
長い遠距離恋愛が始まる直前、長岡に住むの昔の恋人に会いに行ったのは5年前のこと。名残惜しい別れをした長岡駅のホームの切ない記憶は未だ脳裏に焼き付いている。あの時乗った新幹線は脱線して復旧のめどは立っていない。彼女の安否も未だ確認できないままだ。
今日は1日中、車ごと土砂に巻き込まれた母子3人の救出劇でテレビに釘付け。4日ぶりに助け出された2歳の優太君が生きていて胸が熱くなった。小さな命の灯火に日本中が安堵したに違いない。
誰の悪意もなく降りかかる天災と違い、戦争や侵略は人間の意志によって行われる。パレスチナやイラクの人たちは連日、故意に揺り動かされる地震に怯えている。ある日突然に土砂崩れで家が潰れるように、ある日突然、戦車で家を潰された家庭がある。家族の目の前で機関銃の雨を浴びている人がいる。今回の地震の何十倍、何百倍の罪なき人々をこの世から消し去っているのは誰?そしてそれを支持している国はどこ?今日の救出劇を他人事と思えない想像力があるなら、もっと意識しなければならない事が世の中には沢山ある。命の重さは誰だって平等なはず。


10月19日(火)

湘南は茅ヶ崎の住人で「ラチエン通り」を知らない人はいないだろう。サザンオールスターズ初期の名曲「ラチエン通りのシスター」や、作家の開高健が晩年を過ごした家(今は記念館になっている)などでも有名なこの道は、駅のやや東側からまっすぐに海に向かっている。真正面には烏帽子岩が見える、湘南らしい落ち着いた通りだ。古い洋館やアンティークショップ、洒落たカフェなどが点在するこの道に接する、格安の店舗付き住宅があるとFAXを受けて雨の中さっそく現地に車を飛ばした。茅ヶ崎生まれで鎌倉に住むオレ、実はラチエン通りに来たのは今日が初めて。はぁ〜思ったより狭いんだな。昔、パシフィックホテルがあった海沿いの信号を曲がり約1キロ、目的の物件に到着。自転車なら海へも駅へも5分だな・・・。ここで暮らす妄想が自動的に頭のスクリーンに投影される。カタカタカタ・・・
思ったよりキレイな2階建て3連長屋で隣は本屋、向かいに歯医者。近くには美味しそうなパン屋とかアジア風雑貨屋などもあって、ここでの日常生活が鮮やかに映し出される。いいぞ、なかなか素敵な街だぞ!中には入れなかったが、間取りは良くわかっている。店舗兼工房は約14畳。2階の住居はささやかな2DK。建坪率60%と書いてあったので、裏に電気窯を設置できるかと思ったが・・・スペースは殆どゼロ。となると店舗スペースに窯を入れて、えーと、ワインバーもここでやるわけだし・・・おおっ、工房が今より狭くなるのか?陶器屋で15坪はキツイのかなぁ。
何よりも1600万円はどうやって工面するんだ?確かに安いけど、素敵な場所だけど、お金を借りるのって大変なんだよね、自由業者って。ここで妄想映像はカーーット!夢みてる暇があったら仕事しなきゃね。あれ?でも月10万円返済でたったの15年だろ?何とかなりそうな気もするんだけどなぁ。ぐずぐずいってる間に、また売れちゃうんだろうなぁ。


10月09日(土)

シナイ半島のリゾート地・タバで爆弾テロ事件があった。死者・不明者80人以上の大惨事だ。イスラエル人を狙った犯行だとのこと、なんともやりきれない事件である。世界中で起きている争い事の凶元はイスラエル/パレスチナ問題だと思っている私にとって、無益な遠回りは本当に歯がゆくてならない。心情的にパレスチナ寄りなだけに尚更だ。
事件の起きたヒルトン・タバ・リゾートは、客室から国境が見えるまさしくボーダーランド。曖昧な境界地帯から発する、新たな力に平和の道を模索していた私が作った作品のモデルとなった場所である。戦争で何度も領土の取り合いをしたエジプトとイスラエルなのに、この境界の街では両国の人が不思議と混じり合ってる。私は海の見えるホテルの庭で、幸せな気分でハンモックに揺られていた。
エジプトにあるヒルトンホテルの中でも特に料理が美味しく洗練されていたし、イスラエルやヨーロッパから来た客に揉まれたホスピタリティはありがたかった。カイロでギットリと染みついたアラブ式理不尽さに疲れた私の心を和ませてくれた思い出のホテル。こんな事件があった後じゃ、容易に再訪できないのだろうか・・・。昼間は目の前の珊瑚礁に潜り、夜は穏やかに泳ぐイカを眺めながら桟橋のBARで飲んだ。ボーダーランドの楽園を失ったショックは、大きい。


10月07日(木)

福井のクラフトマーケットから帰ってきた。
同じ日程で両親が東北旅行に行くので、愛犬チコを連れてのドサ回り。屋外展示なら売上げに貢献してくれそうなチコだけど、ペット入場禁止の屋内展示では、ただの邪魔者。車の中に入れっぱなしじゃ可哀想だし、会場入口で悲しみの遠吠えを連発されるのも困る。さて、どうしたものやら・・・。結局、金津の森で働いている“C”に頼んでここの工房で遊んでもらうことになった。“C”から頻繁に届くメールには「庭に大きな穴を掘っています」とか「今日、2回目のウンコです」とか・・・やれやれ、2日間大丈夫だろうか?
泊まりも、会場の近くに古い民家を借りている“C”の家にチコ共々お世話になることに。チコとすっかり仲良しになった“C”は自分のベッドで一緒に寝たいという。チコも同感の眼差し(寒い玄関の土間は勘弁らしい?)なので了解。これで昼間も安心して商売に集中できるならお安い御用だ。クラフトマーケットも無事終了したので“C”とチコを連れて京都まで足を伸ばす。ラーメン屋を3軒ハシゴして、紫竹にあるBAR「ANNIE HALL」にも顔を出した。6年振りに見るマスターの笑顔とBILL EVANSのピアノに、なんとか軌道修正した激動の日々を振り返る。球体の氷にタップリ注がれたTALISKERから漂う潮の香りと共に、幸せの時間が過ぎていく・・・あ、帰りも福井まで運転だった・・・どうしよう?
翌日、チコとの別れに半泣きの“C”を置いて家路へ。遠回りで単調な北陸道ー東名高速をやめて、日本海から富山・長野を抜けて中央高速に乗るルートへ。地図上では近いこの道も、豪雨とキリの上高地はちょっと無謀だった。視界のきかない、枯葉の敷き詰められた雨道を通る車は他になく、谷に転落しないよう牛歩運転は続く。やっとの事で辿り着いた中央高速で食べたカツ鍋定食の美味いこと!チコには特別にぺディグリーチャム(笑)を御馳走する。1500キロの移動、お疲れさん!そして“C”をはじめ会場で世話になった皆様、買ってくれた方々、本当にありがとうございました。他店の人たちとやった物々交換、楽しかったなぁ・・・。